あくびのおと

会員の活動や近況を自由に書き込みください。記事投稿手順はDCACホームページの「会則及び会費」に有ります。

追悼 友へ

追悼 友へ

                          岡田英明(1979年度)

                          中井恒明(1979年度)

 

お〜ぃ楠本! と呼んでもあの笑顔と声は返ってこない。

2024年5月20日午前1時過ぎ旅だっていった。楠本次郎、享年64歳、若過ぎる。 

[出会い]

われわれ同期が初めて出会ったのは1979年春、新町ボックスであった。

御所での初めてのトレーニング。それが終わると宴会である。新町通を挟んで

酒屋があり、ビールの供給は絶えることを知らない。

確か3人共「入ります」と言うこともなく、そのままずるずると今に至る。

[剛力そして和合]

楠本は心優しい剛力である。

2年3年の冬の合宿では背負子担当であった。

燕、常念、仙丈、甲斐駒、八ヶ岳・・・背負子は楠本。重い。しんどかったと

思うが、黙々と歩き、幕営地に着けばタバコ吸って微笑んでいた。

楠本は人を和ませる力を持っている。

天気に左右される山行では沈殿はつきものである。

特に冬山でのそれは寒く、体を伸ばすこともできず、会話もネタ切れでしぼみがち、

ラジオを聴き流すのみ。

そのラジオに楠本はツッコミを入れる、ラジオがボケているわけでもないのに。

そのツッコミに救われるのである。

[存続]

1979年度の最中、2回生と3回生が辞められ、3回生の向井さん、山口さん、

そしてわれわれ3人の5人だけとなった。翌年度、1年の村上と多賀が加わったが、

現役は3回生不在の5人のみ、存続の危機であった。

今は大所帯と聞いてわれわれの代で途絶えることなく次へバトンを渡せて

良かったと思う。

しばらく存続の危機は続いたが、空中分解することなく過ごせたのは楠本の

持つ包容力のおかげである。

OBとなってしばらくの間、現役監督を務めてDAAの発展に尽力いただいた。

ありがとう楠本。

[またな]

卒業後、疎遠気味で数年前に約束した比良山への山行を果たせなかったのが残念です。 

友へ

当分そちらには行かないけど、墓前には行く、3人で飲もう。

では、またな。

 

1982年8月室堂にて 左から 中井 岡田 楠本

2024年6月楠本を偲んで京都にて 左から 中井 岡田 楠本(写真) 村上 多賀

 

武奈ヶ岳菅原小屋宿泊山行(2024.5.4-5) ('75 藤岡)

讃嶺岳会(同志社高校山岳部OB会)の菅原小屋をお借りすることが出来たので
現役達が新歓山行を兼ね武奈ヶ岳に行くことになり同行した。
当初、何人かのOB参加も見込まれたが、諸般の事情でOBは私1名となった。

日  程 2024年5月4日~5日

メンバー 林('21) CL河之口・巽('22) 金澤('23) 菊池・田口・楊(ヤン)('24) 藤岡('75)

行  程 4日 9:40イン谷口―10:50神爾の滝―12:30北比良峠北の稜線―八雲ヶ原                ―14:30菅原小屋
     5日 9:00小屋―10:00武奈ヶ岳―11:30小屋発―14:40比良駅

9時に比良駅に集合し、バスでイン谷口に向かう。現役監督の樺井くんが率いる10数名のツアー客のパーティー(神爾谷―北比良峠―釈迦ヶ岳―ワンゲル道)だけでなく、とにかくバスは超満員。
イン谷口ですべてのパーティーの出立の後、歩き始める。
私と金澤は神爾谷を遡行する予定で、他のメンバーは谷沿いの登山道から小屋を目指す計画。
遡行図情報ではかつての比良スキー場リフト乗り場の先から沢に入るようなのだが、踏み跡らしきものが見当たらない。まあ少し登って沢に降りればいいだろうと進んでゆくが下降路が見当たらず、神爾の滝に着いてしまった。
少し休憩していると、本隊が到着したので現役全員の写真を撮る。
ガイドブック情報では、下流に登れる滝が二つあるようで、登山靴でロープ不要とあるので、空荷で沢を下り滝を登ろうとしたが、数日前の雨のせいか水量が多く100mほど下るのも時間が掛かり、最初の滝口から下を見ると岩が濡れロープ無しではかなりヤバそうなので下降は中止する。
神爾の滝に戻り再度出発。
高度750mあたりの開けた沢部で本隊に追いつく。そこからは沢通しに登り北比良峠の北の稜線に突き上げる。
ここから八雲ヶ原を通り、イブルキノコバから広谷沿いに小屋に到着。
小屋の前の広場で30分ほど昼寝をしていると本隊が到着。小屋に入り換気の後荷物を解く。
夕食は、ミンチカレーとバーベキュー。肉が多いなと河之口くんに言うと、「ネットで調べて、男子300g、私と藤岡さんは200gにしました」とのこと。残ったら帰りが大変だなと思っていたが最後には完食(これが若さというモノかと老人は思うのだ)。
なお小屋の様子等は写真にて。

神爾の滝

スガハラ小屋


新歓山行でもあり、翌日はのんびりと起床し昨日のバーベキューの後片付けを行った後、朝食(ホットサンドとラーメン)に掛かる。
朝食後、沢沿いから細川越から稜線を通り、武奈ヶ岳に向かう。
天気は良いが風が強く伊吹の山々は見えているが、その奥はガスっており白山が見えない。
山頂は多くの登山客がおり、写真を撮っている。ピークで暫く休んでいると、ガスが少し揚り、合間からかすかに白山の山頂が顔を出した。

長い休憩の後小屋に向かう。

小屋の掃除の後、各自備え付けのノートに感想を書き下山を開始する。


八雲が原の池の大量のサンショウウオをゆっくりと眺めた後、ダケ道を下り比良駅に向かう。

 

Ama Dablam 6814m (2024.4.1-4.24) 22年度 フォルスターミュリエル

今年の春に父とネパールに行きました。今回の山はネパールのAma Dablamという山です。初めての6000mの山に挑戦しました。

KathmanduからヘリコプターでLuklaという小さな山村まで飛びました。


そこがスタート地点でした。世界一危ない空港がそこにあるので着陸と離陸する飛行機を見た後、7人の小さなグループで出発しました。最初の数日は高さに慣れるようにベースキャンプまで軽いハイキングを毎日続けました。ダッフルはポーターさん達が持ってくれたのでデイパックだけで歩きました。夜はティーハウスに泊まりました。食事は大体毎日同じでネパール人が大好きなDal Bhatを食べました。カレーとお米とスープです。

3日歩いてやっと高い山が見えてきました。初めてAma Dablamを見た時はすごく感動しました。この山は本当に登れるのかなっと一瞬心配になりました。Ama Dablamの左にはエベレストも見えました。いつも雲に包まれていました。

8日かけてやっとベースキャンプに着きました。思ったより大きくてテントがたくさん張ってありました。キッチンのテント、食事のテント、トイレテント、いろいろなテントがありました。個人のテントにはマットレスも置いてあったので、すごくよく寝られました。ここで他のメンバーに初めて会いました。いろんな国から山を登りに来てました。


私と父はガイドのシェルパと話し合って、次の日は休んでからローテーションを始めることにしました。ローテーションはベースキャンプからキャンプ1まで歩いてそこで1泊して、次の日にキャンプ2まで上り、そこからまた降りることになりました。このローテーションは高さに慣れるために必要なことです。ベースキャンプはすでに4600mの高さにあるので、少し走ったらすぐ息が切れます。キャンプ1までは6時間かかりました。途中で天気が悪くなり、霧に中を歩くことになりました。上の方は風がすごく強くて寒かったです。最後の1時間は急な坂を登らないといけませんでした。息が切れ過ぎて5秒おきに止まりました。でも他のメンバーもみんな辛そうに歩いてたので、なんとか頑張りました。

キャンプ1は思ったより小さかったです。景色は雲のせいであまり見えなかったのが残念でした。シェルパがスープとラーメンを作ってくれました。夕飯を食べ終えた後は寒かったので、すぐ寝ました。3人で狭いテントで寝たので寝づらかったです。

次の日はハーネスをつけて、初めて岩を登りました。ネパールではアルパインライミングをしないので、ジュマールというビレイ機で登りました。使い方はベースキャンプで練習したので、問題なく登れました。一箇所だけオーバーハングがあり、登るのが難しかったです。下をみたら何千メートルの崖があり、ここ落ちたら痛いだろうなと思いました。3時間くらいでキャンプ2に着きました。キャンプ2は険しい岩の上にあるので有名で迫力があります。そこで折り返して、その日はベースキャンプまで戻りました。

ベースキャンプでまた1日休みました。天気が悪くなると言われたので、予定より早くまた登ることになりました。同じルートをまた登り、キャンプ1で1泊しながらキャンプ2を超えて、キャンプ3まで登りました。最後の数時間は難しいクライミングが続きキツかったです。標高6000m以上まで登りました。アイスクライミングのパートもたくさんあり、時々シェルパに助けてもらいました。キャンプ3は雪の上にあり、テントが3つしかありませんでした。セラックの下にあるので危ないため、この場所で泊まる人は少ないようでした。確かにセラックの下で寝るのは少し不安でした。幸いな事にセラックは落ちませんでした。

アタックの朝は1時に起きて1時半に出発しました。暗い中、頂上に向けて歩き始めました。風が思ったより強かったので、できるだけ速く進みました。父は風が強過ぎて危ないと判断し、30分登ったところで引き返しました。私は指が感じなくなるまでは大丈夫だと思い、登り続けました。急なスロープが続き、何度も足を止めて数秒休みながら登りました。頭痛と息切れが激しい上に風がビュービュー吹いてました。それでもポジティブなマイインドセットが大事だと思い、なんとか登り続けました。このパートは寒過ぎたので写真がありません。

4時間30後、朝の6時30分にやっとAma Dablamの頂上にたどり着きました。頂上からはさまざまな8000mの山が見えました。感動的な景色でした。寒かったので記念写真を何枚か撮り、すぐまた降りることにしました。

下山はフィックスザイルが一本しかなかったので、登ってくる人を避けながらアブザイレンしました。キャンプ2で泊まるはずでしたが、テントが足りなくてキャンプ1まで降りました。やっと着いたと思ったら、次は食べ物がないからと言われてベースキャンプまで降りることになりました。雪が降ってきたので雪まみれになりながら、夜の9時にやっと無事ベースキャンプに着きました。長い1日でしたが一生忘れない思い出になりました。

 

金比羅岩トレ(2024.4.27) 75年度 藤岡

今年度から、岩トレに関しては基本現役で計画立案するように
伝えており、その第一回目の岩トレ。
79年度OBの岡田・中井両君に声を掛けたところ、参加するとの事。
2人とも金比羅は卒業以来初めてとの事で……。

日  時  2024年4月27日 9:50~15:30
メンバー  藤岡('75) 岡田、中井('79) 足達、巽('22) 金澤、久冨木('23)

京都駅でOB二名をピックアップし、大原へ向かう。

金比羅のルート等については、Oくんはまるで記憶が無いとの事だが、Nくんは戸寺
からの道も、お堂からのルートも、何となく記憶にあるとの事。
現役達は先行してY懸尾根を登っているので、取付きで2人とは別れ、Y懸尾根を登る。
2人はY懸沢からY懸の頭を目指す。
現役達は既に頭に到着しており、これから懸垂下降の練習をするとの事。
そうこうしていると、OB2名も頭に到着。

OBのお二人さん見参(於 Y懸の頭)

昼食後、現役はチムニーで練習するというので、2人は登山道でお堂に向かう事に。
私は現役に同行し、チムニーのノーマルルートでトップロープをセットするのを確認した後、左カンテをトップで登りロープをセットし、全員交代で2ルートを登る。

トップロープセット

チムニーを登り終えた私と巽はゲートロックに向かう。
右カンテをリードしトップロープをセット。
OBの皆さんご存じの通り、ゲートロックの中央と右は下部の核心部を抜けるとロープ
を引きずる緩斜面なので、現在は核心部を越えた所にラペルステーションが設置されておりそこにトップロープをセットするのが一般的。
巽が何度かのスリップの後、登り切ったころに、他のメンバーが合流。

ゲートロック右カンテ

 

そのメンバーも交代で登った後、翌週の武奈ヶ岳宿泊の打合せにBOXに向かう。

プレ山行 駒ヶ根キャンプセンター見学報告(’77年度山口)

4月20日〜21日、プレ山行の宿泊地駒ヶ根キャンプセンターを見学してきました。

メンバー ’61寺沢さん、’73高橋さん、’74年度大塚さん、’75年度藤岡さん、’77山口 

地元の’61寺沢さんには、案内、食事、宿泊とたいへんにお世話になりました。

 

 

 

見学結果

1、アクセスは抜群 JR駒ヶ根駅、高速バス・車駒ヶ根IC

2、宝剣千畳敷カール 朝早くならロープウェイに乗れそう

3、駒ヶ根高原散策も楽しめる

4、コテージはバス・トイレ・ベッド完備 ツリーハウスは子供向け

5、周辺施設も豊富 温泉・そば・ウィスキー蒸溜所・ソースカツ丼

 

1.アクセス

今回は車で行きました。中央自動車道 駒ヶ根ICから駒ヶ根高原方面へ約5分、インターからは直ぐです。電車の場合は、JR飯田線 駒ヶ根駅より駒ヶ岳方面行きバスで約15分「切石公園下」になります。頑張れば歩けそう。

高速バスは、 駒ヶ根IC下車 徒歩15分または駒ヶ岳上方面行き路線バスで約5分「切石公園下」バス停下車になります。

バス停

「女体入口」という興味深いバス停がありますが今回調査はできませんでした。菅の台バスセンターにロープウェイの切符売り場があります。キャンプ場から歩いて行けますね。

2.宝剣岳千畳敷カールへの駒ヶ根ロープウェイ

ロープウェイへは駒ヶ根駅や菅の台バスセンターからの路線バスに乗らないといけません。シーズンは混むそうですが、早めにバス停へ行き始発に乗れば大丈夫かも。お値段は、菅の台バスセンターからバス・ロープウェイ往復4710円です。

駒ヶ根ロープウェイ行きバス亭

バスは渓流からロープウェイのあるしらび平へぐんぐんと高度を上げていきます。細い道を走るバスは結構スリルがあります。社内での食事は禁止、30分くらいでしらび平ロープウェイ駅へ到着。

南アルプスが見えるはずだった

ロープウェイは30分に一本、7分くらいで千畳敷駅へ着きます。高度感は抜群、振り返れば南アルプスが見えます、天気が良ければですがこの日は生憎曇りでした。駅に着いてホテルの横を抜けると2000mの高山の世界に到着。

標高2,612m 雄大大自然

ロープウェイについて詳しくはこちら

3、駒ヶ根高原散策

キャンプ場周辺は駒ヶ根高原の観光地ですが、清流と綺麗な池、宝剣岳を始めとした山の眺めを楽しめる散策コースがあります。春の新緑も良かったですが、秋の紅葉はもっと楽しめそうです。

駒ヶ根高原散策路

大田切川、駒ヶ根池の湖畔をブラブラも良いかもしれません。

4、コテージはバス・トイレ・ベッド完備 ツリーハウスは子供向けで楽しそう

親切な管理人の方にキャンプ場は案内をして頂きました。ここのコンセプトは何も持たずにキャンプができる、だそうです。

コテージは森の中の別荘にイメージ、バストイレ付き、キャンプとは異なりますが、経験の無い人も手軽にキャンプの雰囲気を楽しめます。テントで寝たい人は常設テント、テント場があるので大丈夫。

また予約すれば、直火のキャンプファイアーができます。料金を払えば薪の木組みもしてくれて燃え上がるキャンプファイアーの夜を楽しめます。ツリーハウスは今年でなくなるそうですが子供心がくすぐられる施設です。

常設テントやテント場は、会報で案内の通りでした。

 

5、周辺施設も豊富 温泉・そば・ウィスキー蒸溜所・ソースカツ丼

キャンプ場周辺は観光地とあって色んな施設が充実しています。菅の台バスセンターの側に野菜販売所(野沢菜の漬物が美味い)とお土産売り場があります。

散策路に「こまゆき荘」近郊に「こぶしの湯」「こまゆきの湯」の日帰り温泉施設があり南アルプス中央アルプスを眺ながらまったりできます。

バスセンターの近くに、五平餅の店やソースカツ丼の明治亭があります。ソースカツ丼といえば福井のヨーロッパ軒と思っていたのですが、駒ヶ根のカツ丼も美味いのです。

キャンプ場の対岸に地ビール・ウィスキーの醸造所が見えます。10月には川を亘って行けるそうです。酒飲みの土産にはぴったりでありましょう。地ビールはまぁまぁでした。

車での移動が必要ですが、近くに優良企業として有名な伊那食品工業のテーマパークがあります。お菓子つくりをする人ならご存知での「かんてんパパ」のガーデンです。

広大な敷地にレストラン、お土産店、細密植物画の野村陽子さんの美術館が点在しています。蕎麦は信州ですから美味しいのは当然ですが、寺沢さんお勧め寒天ゼリーは安くて旨かった。ここを始め見所が多いので観光を兼ねて行くのも悪くないでしょう。

ロープウェイからの雪景色

最後に

昨年に腰を手術、左足の古傷が痛む負傷者リスト入状態で参加、なんちゃって偵察山行でしたが、久々に雪の匂いを嗅ぎピークに登った気分になりました。今は、アタック隊のサギダル尾根は無理でもカールの中腹までなら行けたかもと少し後悔しています。無理だったとは思いますが。

駒ヶ根は、プレ山行に不参加の方、まだ迷っている方に再検討をおすすめしたい場所でした。ぜひ参加をお勧めします。

最後に たいへんお世話になった寺沢さん、奥様に御礼申し上げます。

さぎだる尾根から宝剣岳 (’75年度 藤岡)

秋の駒ヶ根キャンプ場視察のついでに宝剣岳に行ったので報告します。

日  時    2024年4月21日 8:50~14:25

メンバー    高橋(73年)大塚(74年)L藤岡(75年)

行  程    8:50千畳敷駅発―9:30さぎだる尾根取付き―12:00稜線
            ―13:30宝剣岳―13:50乗越浄土―14:20千畳敷駅着

6時15分寺沢さん宅を寺沢さん(61年)・山口くん(77年)と共に始発バスに乗る
べく菅の台バスセンターに向かう。

前日の野菜たっぷりの夕食で、胃腸の調子は万全。

農家民宿いろり」でのおいしい夕食(森田さん御馳走様)

ターミナルで寺沢さんとお別れし7:15初のバスに乗り千畳敷駅(2612m)に向かい
駅の前でアイゼン他の装備を着け、さぎだる尾根を目指す。

 

 

山口くんは我々を見送った後、駅周辺と菅の台辺りの散策で時間を過ごす。
尾根取付きまで約200mほど高度を稼ぎ、取付きから少し登った岩稜部からロープを
出す。ルート横にはワイヤーロープが張られている。
残り5mで岩稜を抜ける辺りで50mが一杯になり、腐れハーケンとスリングで
ワイヤーにプルージックを取り確保点とした。後続は2名同時に登ってくる。
ここでトップを交代し約20m登った後、再びトップを交代し稜線上の広い尾根筋に着く。


ここでロープを仕舞う。ガスが出てきて視界は50m無い感じとなった。
時間もそこそこ掛かったので極楽平から下ろうかと思ったが、T氏の「ピーク行くで」
の声に宝剣に向かうこととなる。(相変わらず元気なお方である)
概ね稜線沿いに道は付いており、鎖場が次々と出てくる。岩峰を3つ程超えた辺り
が宝剣ピークの様なのだ祠が見つからない。
稜線の西斜面に鎖が見えているが、雪に埋まっているため、滑ったら大怪我だなと
思いながらきつい斜面を必死の思いでトラバスする。
傾斜が落ち、稜線伝いに進もうとすると、「注意」と書いた石柱に出会う。
ルートは向かって右側の様なので、少しトラバスし広い尾根に出る。
宝剣山荘は直ぐのはずだが、まるで見えない。
100mほど進むと、多くの踏み跡が出てきて、しばらくすると小屋が見えてきた。
ここから乗越浄土は5分程でカールの雪面に向かい下山を始める。
上部は非常に急だが少し降りると尻セードが可能な斜面となる。
2パーティーを抜き、駅に到着した。

現役との岩トレ   (’75年藤岡)

2024年度DAAメンバーが岩トレを自律的に行えることを目的に2月・3月に以下の岩トレを実施した。

2月16日 

メンバー 藤岡(’75) 喜多(’20) 足達(’22) 金澤(’23)  場所 金毘羅

8:30戸寺―9:15Y懸尾根取り付き―10:30コルー11:00Mフェースー14:00チムニーー17:00江文神社

 

足達、金澤でロープを結び、Y懸尾根をリード、フォロアー交代(つるべ)で登る。

藤岡、喜多はフリーで指導する。

チムニーのコル迄4Pで進み、そこから下降しMフェースに行く。

3回生以下は金毘羅裏(北面)に行ったことが無く、ルートも知らない。

前日の雨で岩が濡れており、太陽も出ない。

本来ならノーマル右(5.5)を登るところだが、トップロープセットまでの距離が遠い。

ルートグレードは高いが、セットのアプローチが易しいMクラック(5.10a)を登る事にする。

テンションを多用したが、喜多が辛くも登ったが、他の3名は途中で敗退。

昼食後、チムニーのコルからチムニー沢を下り、トップロープをセットしチムニールート(5.4)とサラワリ(5.10a)を登った 。早い菜種梅雨で天候不順が続く。

Mフェースへ向かう

 

2月22日

メンバー 藤岡(’75) 足達・巽(’22) 金澤(’23)  場所 金毘羅

9:00江文神社ー9:50北尾根取り付きー14:00チムニーのコルー14:15Y懸の頭ー17:00江文神社

8:00八条口で現役を拾い、江文神社に向かう。

裏の沢から北尾根のウォータークラックに取り付き4Pでコルに至る。

今回も岩が前日の雨で濡れており、現役達は苦労して登っている。

2名はアセンダーを使い、私がリードし、確保を交代で行わせた。

この体制なので時間が掛り、コルまでに4時間かかってY懸の頭に到着。

裏の岩の場所を教えるつもりであったが、時間が足りず、M・K・北壁・ビビりの場所しか伝えられなかった。

頭で確保点の構築と、懸垂下降の練習を行った後、下山した。

 

3月21日

メンバー 藤岡(’75) 足達・巽(’22) 金澤(’23) 山縣・喜多(’20) 場所 金毘羅

9:00江文神社―9:40ゲートロックー12:00Y懸の頭ー15:50江文神社

 

前日の低気圧通過後の冷え込みで、雪は降っていると思ったが、神社に着くと一面の雪景色。

4月下旬に宝剣岳に行くので、Y懸沢でアイゼントレもやろうと準備してきたら、本格的な雪中行軍になった。

今回も雪解けからの滴りで岩が乾かない。

兎も角ゲートロック左カンテルート(5.5)に取り付く。
最初はアイゼンと手袋で取付くが2ピン目の上で滑り落ちる。

無理は止めて靴を履き替え上部のボルトでトップロープをセットし、交代で登る。

そうこうしている所に、卒業式翌日の新米OBの喜多と山縣が別々に合流。

ピラミッド、チムニーと進んでいったが、全てフェースはびしょ濡れで、取り付くには危険と判断し、Y懸の頭でトレーニングすることにする。

新米OB2名が指導し、確保点構築と懸垂下降を行う。

同時に3名にはヌンチャクのセット方法、ロープの掛け方を教え初めてのリードをやってもらう。

天気は徐々に回復基調だが、雪が解けるのでコンディションは悪い。

尾根筋の下降は危なかろうと、頭から沢筋を下った。

現役から「冬山やるにはどうしたらいいですか」という話が出た。

途切れている活動なので簡単では無いが低山の雪山で宿泊山行を始める事だろうが、現役監督に相談するようにと伝えた。

天然皮革は強し 30年選手のローバー ホッホツーリスト

雪ではしゃぐ現役達 君ら中学生か